昔の中国語の声調

二つ前の日記で現代中国語の声調と昔の中国語(隋唐代の中古音)の声調について触れ、昔の中国語の声調はかなーり不明、といった趣旨のことを書きましたが、昔の声調についてもう少し。

昔の四声(平声、上声、去声、入声)がどのような音であったかについては、康煕字典に若干の記述があるようです。曰く、

  • 平聲平道莫低昂
  • 上聲高呼猛烈強
  • 去聲分明哀遠道
  • 入聲短促急收藏

とのこと。何となく「平声は平ら、上声は尻上がり、去声は尻下がり、入声は短く詰まる」説を補強しているような記述な気がします。

しかし、康煕字典は清代に作られたものです。当時の標準語は隋唐代の標準語より遥かに現代語に近く、例えば入声は消滅してから既に数百年が経過しています*1。また、普通話にある陰平(一声)、陽平(二声)のような陰陽の区別は唐代末には既に生じていたらしいです*2。なので、この記述が何を根拠にしているのかがかなり気になります。

他の出展をあたると、Wikipediaの「四声」によれば、

  • 日本の安然『悉曇蔵』(990年)巻5に「平声直低、有軽有重。上声直昂、有軽無重。去声稍引、無軽無重。入声径止、無内無外。平中怒声、与重無別。上中重音、与去不分」とある。

とのことで、同中国語版によれば、

  • 日本安然《悉曇藏》說:「承和之末,正法師來……聲勢太奇,四聲之中,各有輕重。」可證其時四聲已分陰陽。

とのことです。中国語版によれば「軽重」は現代中国語での陰陽を表しているようで、恐らく「軽」が「陰」、「重」が「陽」でしょう。日本語版の引用の内容は、陰陽について言えば、

  • 平声は陰平と陽平がある。怒声もあるが陽平と同じである。
  • 上声は陰上はあるが、陽上は去声と同じ音になっている。
  • 去声は陰陽の区別は無い。

といった感じだと思います。これは現代中国語の、官話方言(北方方言)をはじめ多くの方言での声調とほぼ一致しています。入声の「無内無外」が何なのかは私には謎です(「無軽無重」と同じ意味か? そうすれば南京官話と一致するっぽい)。他に謎な点としては、「平中怒声」の「怒声」が何なのかですが、勝手な推測として、「重」は声母が鼻音(次濁)の場合の声調、「軽」は鼻音以外(全清=無気無声音、次清=有気無声音、全濁=濁音)の場合の声調、「怒声」は声母が鼻音以外(具体的には全濁)であるにもかかわらず「軽」ではないもの、をそれぞれ表しているのではと予想しています。

さて、問題は実際の中古音(より具体的には隋代の頃の)がどうだったかが気になります。安然『悉曇蔵』の声調は時代的に晩唐かその頃のものでしょう。隋や初唐での声調とは大きく異なっている可能性は十二分にあり得ます。が、『悉曇蔵』の声調自体、具体的にはどういうのを現しているのでしょうか?

  • 平声は直低
  • 上声は直昂
  • 去声は稍引
  • 入声は径止

です。かなり分からないです。
「直低」は低くて平らな音? それとも陰平が「直」で陽平が「低」?
「上声」の「直昂」って何? 「昂」は尻上がりっぽいけど「直」は? 或いは陰上が「直」で陽上が「昂」?
去声の「稍引」とか入声の「径止」とかは? 陽上が「昂」なら去声も「昂」?
謎が多いですが、晩唐の四声(五声になるが)を勝手に以下のように予想します。

  • 陰平:普通の高さで平ら。
  • 陽平:低い音(現代中国語の、文中の三声(上声)に似る)。
  • 上声:高くて平ら(現代普通話の一声(陰平)に似る)。
  • 去声:尻上がりの音(現代普通話の二声(陽平)に似る)。
  • 入声:短くつまる音。

陽上=去声=「昂」の立場を取ったらしいです。別の可能性として、

  • 陰平:普通の高さで平ら。
  • 陽平:低い音。
  • 上声:高くて平ら。
  • 去声:尻下がりの音。
  • 入声:短くつまる音。

という可能性もあるかもです。というかこちらのほうが自然かもです。

他にもいろいろ可能性はありそうですが、とりあえず今日のところは書きません。

*1:入声は元代には消滅していたらしい。出展はネット上のどこか。

*2:有声音と無声音の区別がなくなった代わりに生じたらしい。出展は多分ネット上のどこか。